会社役員賠償責任保険(D&O)とは|はじめてでも分かる全体像

会社役員賠償責任保険(D&O)は、多くのステークホルダーに対し重要な責任を負っている会社とその役員の賠償責任および賠償事案の解決のためにかかる費用もカバーする保険です。一般的に株主代表訴訟への備えと認識されていますが、会社訴訟や第三者訴訟にも対応できる保険商品です。
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会社役員賠償責任保険(D&O)は、まだまだ認知度は低い損害保険ですが、会社経営者にとっては重要な保険です。社長のみならず会社役員および監査役を務める方は、是非とも知っておいていただきたい保険です。ポイントをご説明します。

1.会社役員賠償責任保険の重要性

2015年に会社法が改正され、社外取締役・社外監査役の要件厳格化や多重代表訴訟制度が導入されました。さらに2018年にコーポレートガバナンス・コードの改訂によって社外取締役の一層の拡充が求められることとなりました。

これらは会社経営に透明性、公正性、迅速性がより一層求める社会的な動きを反映しており、コーポレートガバナンスを強化する目的がありました。不正会計などの不祥事が相次いだ事もあって、会社役員の責任は従来以上に注目される傾向にあります。株主代表訴訟が増加傾向にあることも、その証左と考えられます。そうした環境で社外取締役の確保に悩む企業も出てきています。

一方で、会社は従業員や顧客、取引先の他、株主や社債権者、業界団体や行政、地域住民など多くのステークホルダーの期待も担っています。期待が大きく評価の高い会社は、その業務遂行結果と期待ギャップが大きければ、役員の責任も問われるジレンマもあります。会社役員の賠償責任をカバーする会社役員賠償責任保険の加入は、ますます重要になっています。

2.会社役員賠償責任保険の必要性

経営者は、株主代表訴訟については、上場企業など大企業の問題であって、中小企業には関係ないと思う方がまだまだ多いようです。しなしながら実際には、株主代表訴訟は同族経営で株を持ちあっている程度の規模の会社でも起きています。中小企業においては法律で義務化されている株主総会や取締役会が機能しない、または運営ルールが徹底されないなど原因かもしれません。同族経営など小規模な経営は小回りが利いて、うまく回っているときは良いものの、何らかの問題が発生した場合に、解決方法がルール化されておらず、泥沼化して裁判になってしまうことも多いのです。

会社役員賠償責任保険の必要性は会社法の「会社役員は、会社に対して、第三者に対して責任を負う」という規定にあると言えます。この保険は、会社とその役員のための保険です。役員相互の責任をカバーすることで会社を救うこともあります。不祥事で賠償責任を問われた企業および役員を保険でどこまで救済すべきか、との問題意識から会社役員賠償責任保険の適用範囲拡大を巡り、損害保険会社の対応が割れていますが、それはニーズが高くなっているからこそ起きているのです。

3.補償内容

3-1.補償の概要

会社役員賠償責任保険は、会社役員としての業務の遂行に起因して、保険期間中に損害賠償請求がなされたことによって会社と会社役員が被る損害を保険期間中の総支払限度額(保険金の最高限度額)の範囲内で、保険金が支払われる保険です。大まかに会社は訴訟費用の負担について補償され、会社役員は敗訴の場合(賠償責任ありの場合)の賠償金について補償されます。さらに重要なポイントとして、会社から役員への訴訟(=会社訴訟)も補償されます。

一般的に従業員を会社が訴えた場合で従業員に賠償責任が発生した場合、その賠償金を補償する保険はありません。会社役員の場合は、それが可能となるのは、会社役員の責任は会社法などの法律で定められており、非常に重いからです。下記で、その責任の重さや法律的な根拠についてご説明します。

3-2.会社役員をとりまくリスク

会社役員を取り巻くリスクは列挙してみますと、株主からの株主代表訴訟、顧客・取引先・金融機関、競合企業からの不法行為訴訟、公的機関からの公的調査および刑事訴追、従業員からの就業差別や不当解雇またはハラスメントなどに関する訴訟など、その他、予期せぬ第三者からの訴えなど多岐にわたりします。役員に求められる業務を遂行する過程で、これら予測することは容易ではありませんし、業務に邁進するためにも、こうした賠償請求に備える保険を手配することは会社の経営上、有意義であると考えられます。

3-3.会社役員をとりまく訴訟の類型

会社役員の責任が問われるトラブルについて、訴訟の形態で整理すると3つの類型となります。

3-3-1.株主代表訴訟

株主代表訴訟とは、会社役員の違法行為や業務遂行上のミスにより、会社に損害を与えたにもかかわらず、会社がその責任を追及しなかった場合に、株主が会社に代わってその役員に損害賠償を求める訴訟です。株主代表訴訟を提訴できる株主の要件は、6か月以上の株式保有者であることです。株式の保有数の多寡は関係ありません。なお、会社法では、「会社役員は会社に対して、第三者に対して責任を負う」とされていますが、会社に対する責任は、会社の出資者である株主に対しても責任を負っていると考えられます。

3-3-2.会社訴訟

会社法が規定している「役員は会社に対して責任を負う」ことに起因するものです。会社のために役員が担う業務上の責任です。中小企業における役員同士、経営陣のトラブルは、会社訴訟に発展するケースも多く、会社役員賠償責任保険の補償によって、このタイプのトラブルを法的に金銭賠償で解決できる可能性があります。金銭面のトラブルを回避することは会社の経営体制を維持につながりますので、中小企業における会社役員賠償責任保険の有効性が発揮される局面と考えられます。

3-3-3.第三者訴訟

ここで言う第三者とは、会社およびその役員、さらに株主を除くすべての者からの訴訟と解されます。具体的には、取引先・金融機関や債権者・行政や業界規制団体・同業者・地域住人などが該当します。訴訟で関係する法律は様々ですが、主な法令として、会社法、民法(不法行為責任、債務不履行責任など)、商法、刑法、業界の規制法、各種条例などがあります。会社とその役員が第三者訴訟に備えることは、建物所有者が施設所有者賠償責任保険に加入することと同様に重要なことかもしれません。

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4.会社役員に求められる業務上の法的責任の類型

会社役員をとりまく争訟における法的な責任は、大きく2つ「会社に対する責任」と「第三者に対する責任」に大別され、その裏付けとなる義務の考え方は下記の通りです。

4-1.会社に対する責任

4-1-1.善管注意義務

「善良な管理者の注意義務」の略で、業務を委任された取締役として相応の専門性や能力を持つ者として期待される注意義務を果たすことを求められます。

4-1-2.忠実義務

取締役として法令・定款、株主総会決議を遵守して、会社のために忠実に義務を遂行しなければならないとされています。

4-1-3.競業避止義務

取締役は、自ら競業を行うことは避けるべきで、あえて競業取引を行う場合には事前に取締役会の承認を得なければならないとされています。

4-1-4.利益相反取引回避義務

取締役は、会社にとっての不利益は当然に回避すべきで、あえて利益相反取引を行う場合には、事前に取締役会の承認を得なければならないとされています。

4-1-5.監視・監督義務

他の代表取締役または取締役の行為が法令・定款を遵守し、かつ適正になされていることを監視する義務があります。

4-2.第三者に対する責任

第三者に対する法律上の責任は、非常に広範囲になります。代表的な法律上の責任を上げます。

4-2-1.会社法上(429条)の特別責任

役員などがその職務を行うにあたり悪意又は重大な過失があったときは、その役員等は、これによって第三者に生じた損害を賠償する責任を負うとされます。悪意や重過失は、業務上であっても役員個人の責任が問われると解されます。

4-2-2.一般の不法行為責任

故意または過失により他人の権利を侵害したものはその損害を賠償しなければならない。業務上の不法行為について、会社の責任が問わるとき、担当役員はその責任を逃れることはできないと解されます。

5.会社役員賠償責任保険の事故例

争訟形態ごとに事例を5つ列挙します。

5-2.株主代表訴訟

5-2-1.事例1

子会社が新事業に参入したが、失敗。参入に際し金融機関から融資を受けたが、自力返済できなくなった。親会社は、やむなくその債務を肩代わり負担した。この件について親会社の担当役員に善管注意義務違反があったとして、株主から損害賠償を請求された。(*新規事業の立ち上げ、新規参入、買収などの失敗で株主からの賠償請求を受ける事例は多くなっています。)

5-2-2.事例2

従業員が、業務で知り得た情報を利用してインサイダー取引を行っていたことが判明、刑事責任を問われた。報道を受けて、株主は取締役を相手取り提訴した。争点は、インサイダー取引の防止に対する取締役の善管注意義務違反の有無であり、当該事件による会社の社会的信用への影響が図られた。結果的に、株主の請求は棄却されたが、多額の争訟費用が会社の損害となった。(従業員の犯罪行為・不適切行為は、会社業務に関連して実行された場合は、会社の指導態勢が問題になるケースが散見されます。)

5-3.会社訴訟

5-3-1.事例3

役員が従業員に指示した不正会計により投資家として判断を誤らせたとして、株主から監査役に提訴請求書が送付された。監査役が提訴請求に基づき検討した結果、会社が役員を相手取って損害賠償請求を行った。(本件では不正を指示した役員のみならず、不正を防ぎきれなかったとして、任務懈怠により他の役員も対象としています。)

5-4.第三者訴訟

5-4-1.事例4

ファーストフードチェーンの従業員店長が過労死したのは、全社的な長時間労働を取締役らは認識できたにもかかわらず問題を放置した事が原因であり、役員は任務懈怠責任を負うとして、遺族から役員個人に対して、損害賠償を請求された。(第三者訴訟は多種多様な争訟がありますが、雇用契約や勤務実態に関する問題を従業員遺族や元従業員から提訴されるケースも多く見られます。)

5-4-2.事例5

大学の研究室が関わるベンチャー企業と資本提携の上、関連子会社を設立し新製品の開発・発売を準備していたが、事業遂行上の問題により提携関係の維持が困難となり、提携関係の解消を選択した。その結果、相手先の企業から提携解消の判断を不当とする損害賠償を請求された。(取引先や業務提携先、競合他社から業界内の規制や商法などに抵触が疑われる行為についての訴訟は後を絶ちません。)

6.保険契約者・被保険者について

保険契約者は、企業・法人です。被保険者は、企業・法人およびその役員となります。また会社法上の子会社があれば、その役員も含めて、すべて被保険者となります。なお一部の役員のみ被保険者とすることはできません。また執行役員を被保険者に含める場合は、別途割増保険料が必要となる場合があります。

  • 遡及日以降に退任された役員および保険期間中に新たに選任された役員も自動的に被保険者となります。(遡及日は、一般的には「初年度契約の保険期間開始日の10年前の応当日」です。)
  • 各種特約(コンサルティング費用補償特約等)については、会社が被保険者となる場合があります。

7.保険期間

1年です。初年度契約保険期間開始日の10年前の応当日を遡及日とし、遡及日以降に被保険者が行った行為(不作為を含みます。)により、保険期間中に損害賠償請求を受けた場合を補償対象となります。この点は、会社役員賠償責任保険の重要なポイントです。

8.適用地域

全世界です。

9.保険金が支払われる場合

株主代表訴訟、会社訴訟、第三者訴訟における損害賠償金と争訟費用について保険金が支払われます。提訴された役員が勝訴した場合は、争訟費用のみ保険金が支払われます。役員が敗訴した場合は、損害賠償金と争訟費用が保険金として支払われます。

*注意点として、保険会社によって株主代表訴訟における役員敗訴の場合と会社訴訟の損害賠償金と争訟費用については、特約による追加補償となる場合があります。見積書を取り付ける場合は、それぞれの訴訟における対象となる損害、保険金を確認しましょう。(加入目的を役員敗訴の場合の補償に置く場合は特に注意が必要です。)

9-1.対象となる損害

9-1-1.損害賠償金(判決において支払いを命じられた損害賠償金、和解金等)

法律上の損害賠償責任に基づく賠償金をいいます。ただし、税金、罰金、科料、過料、課徴金、懲罰的損害賠償金、倍額賠償金(これに類似するものを含みます。)など加重された部分、または被保険者と他人との間に損害賠償に関する特別の約定がある場合においてその約定によって加重された損害賠償金は含まれません。

9-1-2.争訟費用(弁護士に支払う着手金や報酬金等)

被保険者に対する損害賠償請求に関する争訟(訴訟だけでなく調停、和解または仲裁等も含まれます。)によって生じた費用(被保険者または会社の従業員の報酬、賞与または給与等はふくまれません。)で、被保険者が当社の同意を得て支出したものをいいます。

9-2.支払限度額

支払限度額は、契約時に保険会社と協議して設定します。保険会社によって限度が設けられる場合もあります。支払限度額が高いほど保険料も高くなります。支払限度額の目安および支払限度額を圧縮するため会社法第425条をご参照ください。概要は下記の通りです。

会社法(第 425 条)は、役員の職務遂行が善意かつ重大な過失がないときには、役員が負う賠償責任額を、最低責任限度額まで制限することを認めており、会社は役員個人が提訴された場合に備えて、損害賠償の限度額を定款に盛り込むことができます。役員の役職ごとの最低責任限度額の目安は、次の通りです。

  • 代表取締役又は代表執行役                      年間報酬の6倍
  • その他の社内取締役・執行役                  年間報酬の4倍
  • 社外取締役・会計参与・監査役又は会計監査人          年間報酬の2倍

10.保険料について

10-1.保険料決定方法と相場

保険料は、告知書の内容、事業報告書、有価証券報告書など保険料算出の基礎、支払限度額、保険期間等によって決定されます。なお、会社役員賠償責任保険は自動車保険や火災保険のように業界団体(損害保険料率算定会)が算出する損害率に基づく参考純率(標準料率)がないため、保険会社各社の料率は開示されておりません。したがって、上記を保険会社に提出しないで保険料見積もりを取ることはできません。

10-2.保険料の負担者についての注意点

契約者を会社とする契約であり、保険料の負担者も会社となりますが、補償内容によって保険料の一部を役員個人に負担することになります。具体的には、役員個人が被保険者となる株主代表訴訟における敗訴時の賠償金補償に充当される保険料については、役員自身が支払うべきとの考え方(国税庁)によるものです。つまり「会社に対する役員の損害賠償責任」を補償する保険料を会社が負担することは会社法上の問題があるとする考え方です。ただし、契約者である会社の取締役会の決議・取締役会の承認 及び社外取締役全員の承認もしくは社外取締役が過半を占める特別委員会での承認を得ることで全額会社負担も可能です。この点は、保険会社の見解にバラつきがありますが、会計監査部門や会計専門のクライアントなどの判断を仰ぐことが望ましいと思われます。

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11.保険金を支払わない場合(免責事項)

下記に該当する事由または行為に起因する損害賠償請求に対しては、保険金は支払われません。

1.役員の違法性のある行為に関する事項(個々役員ごとに判定されます。)

  • 私的な利益または便宜の供与を違法に得たこと
  • 犯罪行為
  • 法令に違反することを被保険者が認識しながら行った行為
  • 被保険者に報酬または賞与等が違法に支払われたこと
  • 公表されていない情報を違法に利用して、株式、社債等の売買等を行ったこと
  • 政治団体、公務員または取引先の会社役員、従業員等への違法な利益供与
  • その他違な歴供与

2.保険期間および遡及日に関する事項

  • 初年度契約の保険期間の開始日より前に会社に対して提起されていた訴訟およびこれらの訴訟の中で申し立てられた事実と同一または関連する事実に関する賠償請求
  • 保険契約の始期日において、被保険者に対する損害賠償請求がなされていた、または、そのおそれがある状況を被保険者が知っていた場合に、その状況の原因となる行為に関する賠償請求

3.核・放射能、その他の汚染物質に関する賠償請求

4.財物の滅失、破損、汚損、紛失または盗難に関する賠償請求

5.身体の障害または精神的苦痛、人格権侵害に関する賠償請求

12.特約について

12-1.株主代表訴訟補償特約

株主代表訴訟を提起され、その結果、役員(被保険者)が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合(敗訴等の場合)に役員(被保険者)が被る損害を補償します。

12-2.会社訴訟補償特約

通常免責である「記名法人からなされた損害賠償請求に起因する損害」(普通保険約款第8条(保険金を支払わない場合―その2)⑨)を適用せずに、会社訴訟を提起され、その結果、役員(被保険者)が会社に対して法律上の損害賠償責任を負担する場合に役員(被保険者)が被る損害を基本契約の支払限度額を限度としてその内枠でお支払いします

12-3.被保険者間訴訟補償

通常免責である「他の被保険者(例:他の役員)からなされた損害賠償請求に起因する損害」を追加補償する特約です。基本契約の支払限度額を限度としてその内枠で支払われます。

12-4.社外役員向け上乗せ補償(追加支払限度額)

社外役員について、社外役員に一定の追加支払限度額を提供する特約です。

社外役員の招聘が困難になってきている現状で、その方策の1つとして任意付帯できます。

12-5.役員の相続人向け上乗せ補償(追加支払限度額)

役員の相続人について、役員の相続人ごとに1億円の追加支払限度額を提供します(ただし、保険期間中すべての役員の相続人に対して支払う保険金の額を合計して3億円を限度とします。)

12-6.その他

特約は保険会社によって異なります。会社役員賠償責任保険は、ほとんどの会社がパッケージ商品とオーダーメイド型商品の両方を扱っており、特約は非常に多くの種類があります。各種調査費用、第三者委員会設置・運営費用、コンサルティング費用、再発防止費用、役員勝訴の場合の信頼回復費用などの例がありますので、保険会社と協議して保険設計されることをおすすめします。

13.まとめ

会社役員賠償責任保険は、会社と役員を守る保険です。会社のために重い責任を担って業務遂行する役員を金銭面でサポートすることで、会社と役員、役員相互の関係維持につながり、会社を守ることに寄与します。

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